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農村で暮らす (13)

No.69(2001.11.27)


私が住んでいた農村地帯ではどの集落にも集会所がありました。

建てられた時期や集落の規模などによりそれらの造りは色々でした。

私の地区では、研修所と呼んでいたその建物の隣りにグラウンドと共同墓地が併設されていました。

年に4回ほどのそこの清掃は地区民の共同作業で行なうことになっていて、各戸1人ずつ当番を出す決まりでした。
そして葬式の手伝いの際と同様に欠席すると罰金が課せられました。

何回かその清掃に参加してるうちに、年配者のほうが働き盛りの世代より熱心に仕事をしていることに気が付きました。

その時点では、昔の人は働き者だなあと漠然と考えていました。

しかし、農業が機械化される以前の農村での共同作業のあり方を知り認識を改めました。

集会所の掃除ならともかく、農業における共同作業は農家にとって死活問題です。
よって家長の老若による仕事量の差は当然当時も問題視されていました。

それでも全戸が農業を続けていればそれぞれの家で世代交代があるので、長い期間でみれば公平になるという暗黙の了解がかつてはありました。

ところが時代の流れとともに農業の担い手、後継者がほとんどいなくなってしまったのです。

他の職に就いても地元に残り家を継いでくれる子供がいればまだ良いほうで、息子も娘も他所に行ったきりのため老夫婦だけで暮らしている家も増え続けていました。

そんな家ではいずれ高齢化により共同作業に当番を出せなくなり、その分後継者がいる家の負担は増えます。

誰も口には出しませんが来たるべき事態は皆承知していたのでした。

そのためせめて身体が達者なうちは地区に貢献しようという意思のもと、お年寄りが共同作業時に一生懸命働いていたのでした。

これが過疎化する農村の現実です。


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